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動物園のにわか雨

あたたかいきみがことばをはなせたら。

ニュータウンの思い出。

休日というのは本当に自由で、何もしなくてもいいというのが本当にありがたい。

たとえば、人に会いにいくのであっても、近所のハンバーガーやさんには気安い店員さんがいるけれど、彼女の居る時間帯に店に行ったらどんな顔するんだろう、迷惑でないだろうか、と、色々考えてしまって躊躇してしまうんですよ。

 

前にちらし寿司くれた気安いお客さんとはお互いのことを話したりしてて、

それで昨日はお互いの心の話になった。

人からはそうは見られんけど、人前でたらいっこもしゃべられへんのよ、ほんなら私と同じやね、わかってくれる人もおって、その人には見透かされてるようですごいと思った。

最近人の目が怖くて買い物もできんでね、大阪帰るんにバス乗るん不安やわ、ウツだろうか、ハハハ。

などと笑えるのだ。その人とは。

ありがたい。

 

どうしても健康な生活がほしくて、まず外に出れんとどうしようもないと思って、

実は12月のチャンピオンズカップの当たり馬券があったから、それを換金せんなんと思って、おそるおそる車で高松まで出かけた。

リハビリのつもりなのよ。

精神的に不安定になるといらん動きやよそ見が増えて、それで困るのだけれど、

今回やはり思ったのは、しばらく運転は厳しいということ。

運転中どうしてもじっとしておれんくて、わき見も相変わらずするし、それで案の定、高松市内で正面衝突未遂をやりました。

対向車が右折で飛び出してきたのが悪いねんけど、こちとら視線が飛んでるもんで、気づくのが遅れた。よけれたので未遂に終わりまして、無事ですが。

仕事中はどうしても運転せんなんので仕方ないとして、私生活では極力控えます。

あぁラパンショコラかわいいなあ。

 

年末に実家帰ったときかな、母親に、狭山の近大病院が泉北に移るよ。という話をきかされて、実はそれからずっとショック受けてるんです。

ほんまは、これは去年の7月に出た話で、近大医学部と附属病院の拠点機能を泉ヶ丘に移す、狭山には一応病院は残す。って話ねんけど、これだけはどうしてもあかん、ほんまに、病院だけは狭山に残しといてね、でないと、私の生まれた場所がなくなってしまう。

私の精神衛生面からも、絶対残してね。

と、言うたところで届かんねんけれども、生まれた場所がなくなるかもしれんというのが、こんなに不安を誘うとはしらなんだね。

できれば、将来死ぬときも近大病院がいい。生まれた場所で死にたい。

私は狭山の生まれで、それで出身地も狭山としておって、狭山への思いはずっと心に持っております。去年から徳島で住んでて、残念ながらここは自分の死に場所ではないな、それじゃやっぱり狭山だ、と思った次第であって、そのさなかに近大病院がなくなるのは私の中であってはならんことでした。

 

毎週土曜日に通院って、実は案外しんどくてプレッシャー。

来週は土曜日から連続休暇で9連休でして、その初日が通院日なんだ。

実家帰るのに。まあこれはしゃあないか。

うちの職場のボスに、前にちらっと、連続休暇はリフレッシュしてこいよ、それで休暇明けしゃきっと出てきて、バリバリやろうな、と言われまして、

そのときはハイと返事をしたんだが、本当はリフレッシュできるかどうかすら不安です、むしろリフレッシュなんかできっこないわと思ってます。

やはり実家へ帰るというのは、死に場所に帰るということであって、まあ死に場所が狭山だとしたら実家は死に場所ではないけど、それに近いよね。

そしたら9連休で帰ってしまって、明けに本当に徳島に戻ってこれるのか、戻る途中で足が止まってしまわないか、それだけ不安であります。

これだけは先に書いておかないと、実際に何かあったときに困るなと思って、それで今書いたんですけど。本当に不安です。

 

今日も病院で先生と話して、仕事辞めた後のことは考えてるの?、いやそれが一切考えがつかんのです、という問答、やはり、この中途半端でまだ辞めることはできやんし、つまりまだ本格的には帰れない。

健康と平穏を望んだとして、それを手に入れられる状況を作らないと、それはできないなと少し考えた土曜日なんでした。

明日は晴れたらいいな。